ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調

◎曲について

古典的交響曲の外観を呈しつつ、作法をあえて外す仕掛けを満載した、玄人向けの冗談音楽だと捉えている。その意味では、ハイドンのシュトゥルム・ウント・ドランク時代の交響曲に似ているように思う。

 

第1楽章 ソナタ形式。ヘ長調。

  • ギャグの例:
    • 第2主題がニ長調になりそうな素振りをみせつつ、セオリー通りのハ長調に。
    • 展開部の164小節以下(特に168小節以下)において、強拍を2拍めに設定し、同型モティーフを反復すると同時に、一拍ずらして同型モティーフを低弦で演奏させることにより、拍子のカウントをとりにくくし、聴き手を困惑させる。
    • 再現部冒頭、第一主題を(実演では聞き取りにくい)低音で演奏させることにより、再現部が始まったことをわかりにくくさせる。

第2楽章 二部形式。変ロ長調。

  • ギャグの例:
    • この楽章全体がギャグ。メトロノームまたは機械音楽のパロディ?

第3楽章 メヌエット。ヘ長調。

  • ギャグの例:
    • スケルツォのごとく短い単純音型の反復から入るが、実はメヌエット。

第4楽章 ロンド・ソナタ形式の一種。ヘ長調。

  • ギャグの例:
    • ①第2主題がセオリー通りに転調しないところは第1楽章と同じ。
    • ②曲の構造はA-B-A(C)-A-B-A(D)-A-B-コーダ。後から振り返りるとこのように捉えられるが、聴いているうちは、Cが主調から入ることから「ロンド・ソナタ形式?」と思わせられる。そうするとDの時点で「コーダが始まったんだな」と思うことになる。しかしなかなかこのコーダが終わらない。そしてABがまた戻ってくる。いつ終わるんだ?と不安になってきたところにようやくコーダがくるという仕掛け。

◎久石譲(指揮) ナガノ・チェンバー・オーケストラ

 [2018.2.12録音 OVCL-00666] ★★★☆

 

ベートーヴェン指定の速度通りに弾こうとする超快速演奏。モダン楽器使用だが小編成でノン・ヴィヴラート奏法。いわゆるピリオド・アプローチを採用した演奏の一つ。小編成であるため木管が自然と浮かび上がり、対位法的な部分など楽器間のかけあいがある箇所における音の動きが非常に聴き取りやすい。ピリオド・アプローチとはいっても、金管を突出させることはなく、主旋律以外のちょっとしたフレーズをあざとく強調してびっくりさせるようなこともない。これは私には好ましいことに思える。

 

第1楽章。推進力あふれる演奏。本演奏のようにビートが効いた快速のテンポによる演奏では、ベートーヴェンがしかけたギャグが気づかれずにスルーされてしまう危険が高いので、個人的にはあまり好みではないが、興奮することは確かだ。ギャグをスルーするといえば、本演奏では低弦の音がクリアに聴きとれるので、再現部冒頭の第一主題もはっきり認識でき、知らない間に再現部に入っているというギャグが消失してしまっている。どうも久石は、この曲をギャグだとは捉えていないようだ。その他、再現部コデッタのフレーズ(82小節以下の部分を例にとれば、低弦の奏でる「ソ・ファ#ーソ・ファーミ・レード・シード・レーミ・ファーレ・ソーソ」)を一つのまとまったフレーズとして聴こえるように演奏させているところ(たいていの演奏は、対旋律の音量を徐々に大きくしていき、本フレーズを途中でマスの中に埋もれさせる)や、96-99小節のヘミオラを力強く強調するところに、はっとさせられた。

 

第2楽章。特筆すべき特徴は良くも悪くも見つからなかった。

 

第3楽章。トリオの部分の音量バランスが面白かった。主旋律を奏でるホルンとクラリネットと同等の音量でチェロが伴奏を奏で続ける。もしかしたら久石は、バロック音楽のパロディをこのトリオに感じ取ったのかもしれない。あるいは、ブルックナーの交響曲第5番第2楽章のように、異なる系統のリズムを併走させることによる軋みを強調したかったのかもしれない。

 

第4楽章。「曲について」で説明したCやDの部分における対位法の絡みが非常にクリアに聴き取れ、興奮させられる。ただし、クリアに描かれるのは、旋律が対法的に絡む箇所にもっぱら限られており、その他の部分はメインの旋律等のみが浮かび上がるように演奏されているので、よどみなくきれいに流れすぎるきらいがある。一般的にはそのような演奏はむしろ好ましいのだろうが、例えばDの後半部分において、金管や木管が三連符系の音符を暴力的・機械的に鳴らし続けることによって二分音符主体の主旋律の流れをいわば邪魔し、流麗なメロディラインとやかましい三連符系の伴奏との軋みが面白いところがあるのだが、そのような部分がリアリゼーションされないのは少々残念である(ここを見事にリアリゼーションしているのがジンマン盤)。

[2018年8月13日記]