幼少期の頃に聴いていたレコードはもっぱら童謡とアニソンでした。バラエティ番組の中で演歌歌手やアイドルが歌う流行歌に触れてはいましたが、なぜか、さほど興味をひかれませんでした。
そんな中、(現代の言葉でいうなら) J-POP に開眼したのが、おそらく、八神純子の「みずいろの雨」だと思います。「思います」としか書けないのは、記憶があいまいだからです……
ある日、親戚の家でテレビを見ていたら、青い空をカモメが飛んでいる風景のBGMとして、アップテンポの、高音がきれいな女声による、素敵なメロディの曲が出てきました。「この曲いいな」とつぶやいたら、親戚のお兄さんが「お、孝博はヤガミジュンコ(と発音した気がする)が好きなのか」と反応してくれたので「うん、高い声がきれい」と答えたような気がします。
私の記憶はこれだけなのです。後から八神純子の曲をいろいろ調べてみましたが、❶年代、❷冒頭から高音、❸アップテンポ、等の条件を満たしそうなのは「みずいろの雨」だけだったので、当時聴いたのはおそらくこの曲なのでしょう。
そこで、改めて聴いてみようと思い立ち、ドーナツ盤をレコファンでゲット。聴いてみましょう。
素晴らしい曲ですね。
おそらく浮気か何かをしてしまい、恋人との関係が壊れて激しく後悔している気持ちを歌った曲だと思いますが、この歌詞をメロディと伴奏が実に見事に具現化しています(実際は曲が先にできて歌詞は後から付けられたらしいですが)。
後悔し続けていることを、雨が降り続くというメタファーで表現するサビがとりわけ秀逸です。
前半4小節では、トリルで音を揺らしながらオクターブ上昇する不安定な弦に導かれ、ヴォーカルが6度前後を激しく上昇・下降し、気持ちの高ぶりを表現しています。
後半4小節は、愛をめぐる情念の濃厚さを示そうとしているのでしょうか、低いレの音から出発し、旋回(「つつんで」がファミファソ、「ふりつづく」がシラソファソ)を続けながら、徐々に上昇していき、白玉のクロマティック上昇(ふりつづく」の後の「の」がラ~シ~ド~ド♯~と引っ張って歌われる箇所)で締めくくるという濃さ。
この前半と後半の対比は秀逸ですね。ヴォーカルも正確な音程と多様な歌唱法を駆使して歌いわけており、見事です。特に、振り絞るような声でしゃくりを連続させヴィヴラート全開で歌う「ふりつづく『の』」はすごいですね。
その後のAメロではつぶやくような歌い方に変えており、これまた効果的です。
このAメロのメロディ・ラインもよく練られていますね。前半4小節は2小節単位で下降ラインの反復。転じて後半5-6小節は1小節単位で上昇ラインを反復し、緊張感を高めています。
なお、基本アレンジがサンバであることが、この曲に複雑な深みを与えているように思います。喧噪の中での激しい想いが示されているような気がして、しっとりしたアレンジよりも面白いですね。
というわけで、自分のルーツを改めて確認しました。おそらく幼少期の私は、童謡のようには簡単に歌えない曲(高音、複雑なメロディ・ライン)に接して、プロの歌う曲と演奏の凄さを初めて意識したのではないでしょうか。後に思春期に至った頃には Judas Priest や Scorpions を好んで聴くようになるわけですが、その源は、実は八神純子なのかも。
一点、最後のギター・ソロだけは、ちょっと残念。ペンタトニック・スケール一発でだらだら続く演奏は、いささか「お仕事」でやっている感じが。八神純子に対抗するだけの情念をぶつけてほしかったですね。